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横浜地方裁判所横須賀支部 昭和49年(ワ)113号 判決 1975年12月26日

主文

原告の請求を何れも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、

一、被告桜井キミエは原告に対し別紙物件目録記載の土地建物の持分二分の一につき、横浜地方法務局横須賀支局昭和四三年一二月二〇日受付第二九二七八号昭和四三年一二月二〇日贈与を登記原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

二、被告逗子信用組合は原告に対し別紙物件目録記載の土地建物の桜井キミエ所有名義の持分二分の一につき、横浜地方法務局横須賀支局昭和四八年五月二三日受付第一九六八六号昭和四八年四月二八日設定を登記原因とする根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

三、訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決を求め、その請求の原因及び被告等の主張並びに抗弁に対する認否として、

一、原告は、訴外亡根岸誠二と昭和二七年四月一二日婚姻してその届出を了し、同訴外人の所有であつた別紙物件目録二記載の建物(当時は逗子市逗子二八四番地所在、以下、本件建物)に於て同棲し、且つ原告が主となり、有限会社みかど食堂(以下、みかど食堂)の屋号で食堂を経営した。

二、ところが、訴外亡根岸誠二は、昭和三二年初頃より熱海で芸者をしていた被告桜井と懇ろとなり、鎌倉市内に妾宅を与え、昭和三三年六月頃より家を出て同被告と同棲し、昭和三六年三月四日からは逗子市内で同棲した。

三、その間昭和三三年四月二一日、訴外亡根岸は原告と離婚すべく、横浜家庭裁判所横須賀支部に離婚の調停を申立てたが、同年六月三〇日不調に帰した。

四、また、訴外亡根岸は、原告が居住し、且つ食堂を経営して収入を得ている本件建物を訴外三協商事有限会社に貸与したので、原告は収入源を失い、住居の明渡を求められた。そこで、昭和三三年七月四日原告は姉の夫訴外猪股作次郎を通じて訴外亡根岸と交渉し、

(一)  みかど食堂の二階二室を原告に於て使用出来るが、階段の使用が認められないので屋根伝いに出入りする、

(二)  別居中訴外亡根岸が月一万円宛原告に支払う、

こととし、原告はようやく住居を確保して現在に及んでいる。

五、訴外亡根岸は、昭和三六年原告に対し離婚訴訟を提起したが(横浜地方裁判所横須賀支部昭和三六年(タ)第七号離婚事件)、同事件の判決では、同訴外人と原告桜井間の妾関係が認定され、同訴外人の請求は棄却された。尚、みかど食堂は、昭和四八年より被告桜井と訴外亡根岸の養女訴外根岸克子が共同で経営している。

六、訴外亡根岸は、昭和四九年六月二五日被告桜井と同棲中の妾宅で死亡した。

七、ところで、訴外亡根岸の死亡後原告の調査によると、同訴外人の唯一の財産である別紙物件目録一、二記載の土地建物(以下、本件土地建物)は、昭和四三年一二月二〇日同訴外人より被告桜井と訴外根岸克子に持分二分の一宛で贈与され、横浜地方法務局横須賀支局同日受付第二九二七八号にて所有権移転登記手続が経由され、更に、被告桜井と訴外根岸克子が右共有持分を担保にし、昭和四八年四月二八日債務者被告桜井が被告逗子信用組合と極度額金三、〇〇〇万円の根抵当権設定契約を結び、同年五月二三日横浜地方法務局横須賀支局受付第一九六八六号にて根抵当権設定登記手続を経由したことが夫々判明した。

八、然し、以上の経緯によつて明らかな如く、訴外亡根岸より被告桜井に対する本件土地建物の持分二分の一の贈与は、所謂妾契約に基くもので、原告と訴外亡根岸間の正常な夫婦関係を崩壊させるものであり、且つ妻である原告の相続権を害する意図によりなされたものであるから、公序良俗に反し無効である。また、被告桜井名義の持分二分の一に対する被告逗子信用組合の根抵当権設定も、被告桜井の受贈が無効である以上は効力を発生しない。よつて原告は、

(一)  被告桜井に対し右第六項掲記の所有権移転登記の抹消登記手続、

(二)  被告逗子信用組合に対し右第六項掲記の根抵当権設定登記中被告桜井所有名義の持分二分の一に対する部分の抹消登記手続、

を求める。

九、尚、原告は、本訴により本件土地建物の持分二分の一を、訴外亡根岸の遺産である状態に戻した上、相続人としての権利を行使し得る利益を有する。

一〇、被告桜井の主張第二項(一)乃至(五)の内、原告の主張に反する部分及び同第三項を争う。

一一、被告逗子信用組合の主張第三項を争う。

と陳述し、立証として、甲第一、二号証、同第三号証の一乃至三、同第四乃至第一一号証を提出し、原告本人尋問の結果を援用し、乙第一号証の成立を認めると述べた。

被告桜井キミエ訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁、被告の主張及び抗弁として、

一、請求の原因第一項は、原告が主としてみかど食堂を経営したとの点を争い、その余を認める。同第二項は、原告主張の日時に被告桜井が訴外亡根岸と同棲したことを認め、その余の事情を争う。同第四項は、訴外亡根岸がみかど食堂を他に貸与したことを認める。同第五、六項を認める。同第七項は、本件土地建物が訴外亡根岸の唯一の財産であるとの点を争い、その余を認める。同第八、九項を何れも争う。

二、被告桜井は、訴外亡根岸と知り合つた昭和三二年頃より、同訴外人が昭和四九年六月二五日死亡する迄、引続き同訴外人の日常の世話、看病、葬儀万端一切を行つてきた。右のような被告桜井の多年に亘る誠意ある労苦に対し、同訴外人は之に感謝して本件贈与を行つたのであるから、何等公序良俗に違反するものではない。即ち、

(一)  被告桜井は、昭和三二年頃熱海に於て叔母と共に芸者置屋を営んでいたが、叔母と意見が合わず、その上健康を害したので、鎌倉市内に二階の部屋を間借して転居した。その際、部屋の斡旋を依頼した不動産屋の義弟に当る訴外亡根岸と知り合つた。

(二)  その一、二ヶ月後突然被告桜井方に、訴外亡根岸が当時中学生の養子訴外根岸克子を伴つて訪れ、原告と夫婦喧嘩したため一週間程同女を預つて欲しい旨依頼した。被告桜井は、同情の余り事情不明のまま之を承諾したところ、訴外克子が被告桜井になつき、そのまま居着いて了つた。また訴外亡根岸も之を機会に度々被告桜井方を訪れる内、両名は情を通ずる間柄となつた。当時、訴外亡根岸は六一、二才、被告桜井は二一、二才であり、同訴外人は原告と共にみかど食堂を営んでいたものの、極めて夫婦仲が悪く、喧嘩の絶え間がなかつた。

(三)  被告桜井は昭和三三年六月頃より、訴外亡根岸の絶つての勧めに従い、訴外克子と共に三名で逗子市久木に同棲生活を始めた。その頃原告は暴力団を利用して度々妨害を働いたため、結局みかど食堂を第三者に貸与せざるを得なくなつた。幸い、訴外亡根岸が逗子海岸に海の家の権利を持つていたので、被告桜井と訴外克子の両名に於て、原告の妨害に遭い乍ら之を経営して生活費の一部を得て来た。

(四)  被告桜井は、昭和三二年に鎌倉に転居した際、現金二〇〇万円以上の外、多数の貴金属類を所有していたが、訴外亡根岸と同棲して以来、全部之を生活費や訴外克子の教育費に充ててきた。訴外亡根岸は、被告桜井と同棲後、昭和四五年五月に両眼失明し、昭和四九年六月二五日八一才で死亡したが、その間被告桜井が一切の世話をしてきたのである。訴外亡根岸は被告桜井の誠意に感謝し、既に、昭和三三年一一月五日公正証言により本件贈与と同趣旨の遺言をなしていた。

(五)  以上の如く、被告桜井と訴外亡根岸との関係は、原告主張の如き公序良俗違反の妾関係という実体ではない。

三、仮に然らずとしても、本件贈与が不法原因給付として被告桜井に返還請求をなし得ないことにつき、被告逗子信用組合の主張を援用する。

四、よつて、本訴請求は棄却されるべきである。

と陳述し、立証として、乙第一号証を提出し、証人根岸ちえ、同根岸貞治、同根岸克子の各証言及び被告本人桜井キミエの尋問の結果を援用し、甲第八、九号証は官署作成部分の成立を認め、その余は不知、爾余の甲号証の成立を何れも認めると述べた。

逗子信用組合訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁及び抗弁として、

一、請求の原因第一乃至第六項は不知。同第七項は、本件土地建物が訴外亡根岸誠二の唯一の財産であつたとの点は不知、その余を認める。同第八、九項を争う。

二、本件贈与が公序良俗に違反せず、従つて無効でないことにつき、被告桜井の主張を援用する。

三、仮に、本件贈与契約が公序良俗に違反し無効であつたとしても、原告の本訴請求は理由がない。蓋し、本件贈与が、原告主張の通り妾契約に基くものであり、公序良俗に違反するのであれば、訴外亡根岸は不法の原因のために本件土地建物の給付をなしたものであるから、民法第七〇八条の規定により本件土地建物の返還を請求することができず、従つて、その相続人である原告もまた返還請求することは認められないからである(最高裁昭和四五年一〇月二一日大法廷判決参照)。

四、よつて、本訴請求は棄却されるべきである。

と陳述し、甲第八、九号証は官署作成部分の成立を認め、その余は不知、爾余の甲号証は何れも成立を認めると述べた。

理由

一、請求の原因第七項の内、本件土地建物が訴外亡根岸誠二の唯一の財産であるとの点を除くその余の事実は、各当事者間に争いがない。

二、請求の原因第一項の内、原告が主としてみかど食堂を経営したとの点を除くその余の事実、同第二項の内、昭和三三年六月頃より訴外亡根岸と被告桜井とが同棲を始めた事実、同第四項の内、訴外亡根岸がみかど食堂を貸与した事実、及び同第五、六項の事実は、何れも原告と被告桜井との間に於て争いがない。

成立に争いなき甲第一、二号証、同第三号証の一乃至三、同第四乃至第七号証、同第一〇号証、証人根岸ちえ、同根岸貞治、同根岸克子の各証言及び被告本人桜井キミエの尋問の結果並びに原告本人尋問の結果の一部を綜合すると、原告と被告逗子信用組合との間に於ても、原告と被告桜井間に争いなき前示の各事実を認定することが出来る。また、前顕甲第一〇号証により、請求の原因第三項の離婚調停不調の事実を認定することが出来る。

三、よつて案ずるに、前顕甲第四号証、同第一〇号証、証人根岸ちえ、同根岸貞治、同根岸克子の各証言及び被告本人桜井の尋問の結果並びに原告本人尋問の結果の一部を綜合すると、訴外亡根岸と原告の夫婦仲は兎角紛争の絶え間がなかつたのに対し、被告桜井は、昭和三三年六月頃より同訴外人と同棲して以来、既に老令に違していた同訴外人の身辺の世話に努め、生業に励み、同訴外人の養女訴外根岸克子を養育し、特に昭和四五年に訴外亡根岸が失明してからは献身的に看病した許りか、昭和四九年六月二五日同訴外人が死亡した際は葬儀万端をとりしきつたこと、及び同訴外人の方も生前被告桜井に頼り切つていたことが夫々認められるので、このような被告桜井の多年に亘る辛労、協力、子の養育等の事情を斟酌すると、その間に行われた本件贈与が、社会通念上妥当視されるべきであるとの考え方が成り立ち得るかもしれない。然し乍ら、本件の事実関係に於ては、訴外亡根岸が婚姻中の身であるのに拘らず、善良な風俗の容認し得ない被告桜井との関係を維持継続するために本件贈与を行い、被告桜井もまた同訴外人に妻があることを知悉し乍ら右贈与を受けたと認める外はないので、本件贈与は公序良俗に反し無効とされねばならない。但し、既に給付されたものの返還は、不法原因給付として容認されないと考えるのが相当である。

四、而して、本件贈与は、既にその旨の所有権移転登記を完了している上に、原告本人尋問の結果により本件土地が本件建物の敷地であることが認められるところ、昭和四八年以降被告桜井と訴外根岸克子の両名が本件建物に於て食堂を経営しているのであるから、その引渡も完了したと認められるので、本件贈与に基く履行行為即ち不法原因給付に当る場合の給付が完了しているとみる外はない。然らば、贈与者に於て給付した物の返還を請求できないことの反射的効果として、本件土地建物の二分の一の持分権は、受贈者たる被告桜井に帰属したと解するのが相当である。従つて、被告等の抗弁は理由があり、原告の被告桜井に対する請求は失当として棄却を免かれない。更に、被告桜井が本件土地建物の持分権者である以上、之を担保に供した係争の根抵当権設定契約は権利の実体関係に符合するものであるから、その設定登記の抹消を求める原告の被告逗子信用組合に対する請求もまた理由がない。

五、よつて、本訴請求を何れも失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用した上、主文の通り判決する。

物件目録

一、逗子市逗子一丁目二八四番二

一、宅地 二〇四・九五平方米

二、逗子市逗子一丁目二八四番地の二

家屋番号 一四三番

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建店舗

床面積 一階 一四八・〇九平方米

二階 三六・六二平方米

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